そもそも風水は、黄砂が舞う広大な中国大陸をベースに考えられたもので、乾燥した土地で昼と夜、夏と冬で温度差の激しい大陸性気候を特徴とする。これに対して、日本は四方八方海に囲まれ、雨量の多い高温多湿を特徴とする。中国の家屋は、古来から大陸性気候に適したレンガで温度差を和らげるため気密性のあるつくりでした。これに対して雨の多い高温多湿の日本の場合、木と紙の木造の家で通気性がのあるつくりでした。このように自然環境が異なるわけで、家ののつくりに大きな違いがしょうじています。よって大陸から伝わった風水をそのまま各国に割り当てるの無理があるのです。突然、ヨーロッパやアメリカにも風水というのが存在しますが、どれも考え方がかわってしまっているのです。もともと風水は、国を守るための軍事戦略として、戦でどういう布陣をおけばよいか、どこから敵が攻めたらよいか、地理や方位から判断するために使用されていたものなのです。もしこれが事実であるならば、日当たりが考慮されないのは当然なのかもしれません。このように中国と日本では気候風土や生活様式がまったく異なるため、当然のように自国にあった考え方が生まれてくるのです。又これが日本の家相なのです。
環境学や家相学等様々な観点からも問われていますが、日本の場合、家相学として独自に発展し、隣の韓国の風水も中国の風水とはだいぶ異なっています。風水の地域的な広がりを考えれば、そのままの形で定着せず、その国の歴史風土、国民性に合わせて姿・形が変化していくのです。思想の伝播は、概してそういうものなのです。環境学の観点から考えれば、もしそもその風水に環境学を含むものであるならば、風水のカタチは当然変わってくるはずで、どの国の家の造り一つとっても異なる点が存在し、その国の歴史・文化を必ず考慮する必要性があるのです。